メイン

030相続関連

相続実績 1 (単純承認)

「果たして、相続財産はそれだけ?」・・・単純承認

 知人の紹介で相談を受けたS子さん、1枚の紙片を持参していた。
 大手都市銀行の「相続届」である。
 そして、S子さん、「叔父から、この紙に住所氏名を書いて、実印を押し、その印鑑証明書を取って欲しいと言われたが、その通りしていいのでしょうか。」
 なぜ叔父か、ここで、S子さんの相続関係を説明しておかなければならない。

s1.gif


 被相続人の長男が、S子さんに銀行の「相続届」を渡し、記載、押印、印鑑証明を依頼してきたのである。
S子さんからすれば、弟と共に祖父の遺産を相続することになるのである。
 そこで、S子さんに問う。「遺産は、その銀行預金だけですか。」
 その答は、「叔父は、祖父が建てた3階建てのマンションの一室に祖母と二人で住んでおり、他にもかなりの預金があるはずです。」
 「それでは、取りあえず、その書類を叔父さんに渡すのは、見合わせなさい。そして、叔父さんの連絡先電話番号を教えて下さい。」
こうして、その番号に電話をして、叔父なる人物に、これまでの経緯を説明し、「相続手続を進められるのなら、すべての相続財産を明らかにしなければ、前には進みませよ。」と伝えておいたところ、それから10日ほど経っても、叔父氏からは何らのアプローチもない。そこで、再度の電話をして、「何でしたら、一度お伺いしましょうか。」拒絶されるかと思いきや、「そうしていただけますか。」との返答。日時を打合せて、大阪市内の高級住宅地と称される、その住居マンションの所在を確認した。行ってみると、そのマンション、一階は、道路に面して二店の店舗が入り、2・3階が計8室の賃貸マンション。恐らく、賃料収入は、月額100万円は下らないであろう。と見て、母子の住む2階の一室を訪れる。案内された部屋には仏壇が祭られていたので、合掌。そして、振り返った机の上に一枚の紙片、見ると銀行預金、郵便貯金、国債、土地家屋など積極財産と幾許かの銀行からの借入金の残高、これらが、達筆というわけにはゆかないが、整然と判りやすく書かれてある。合計が書かれてあり、1億円にあと少しで届くという金額である。それを預かり、S子さん兄弟と話をして、できるだけ早く印鑑証明書等を準備する旨約して辞する。
 この叔父氏がこのように総ての遺産をさらけ出してくれたことをうれしく思い、できれば、預金関係相続分に上乗せして、不動産には、S子さん姉弟の持分登記をしない方向で遺産分割協議書を考えようと思っていたが、S子さん、相談する相手があってのことか、総ての遺産を法定相続分欲しい、マンションの賃料についても同様、とのこと。やむを得ない。こちらへの依頼者の言うことを聞かなければならない。こうして、通常、法定相続分によって相続する場合は、遺産分割協議書は不要であるが、マンションの賃料まで欲しいというS子さんのために作成した遺産分割協議書を叔父氏に示したところ、不快な表情が読んで取れたが、反対はしなかった。こうして、当初遺産約600万円の「相続届」がおおよそ、1、200万円とマンションの建物と敷地さらに年々、マンション賃料の8分の1を相続する事となったのである。

相続実績 2 (相続放棄)

 「自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月とは、いつ」?・・・相続放棄


 佐々木 清隆(仮名)氏は、突然、音信不通にして没交渉、生死の程も省みることがなかった故人父の弟から電話をもらった。その内容は、死んだ兄貴の債務を支払うよう債権会社から迫られている。お前たち立派な子供がいるのだから、親の借金は、子供が弁済せよ、というものであった。佐々木清隆氏、この電話の内容に思い当たる節があった。それは、約2年前に清隆氏自身宛にも債権会社から父を相続した者として、約50万円の支払請求を受けていたのである。
 清隆氏は、管轄の家庭裁判所で弟と共に相続放棄の申述をして、事なきを得たのであるが、その手続の終わり頃に裁判所の書記官から、「もう、他におられませんね。」と言われたときに、他に兄弟姉妹がいないことの確認かと思い、「いません。」と応えたのだが、叔父のことなど、その時もそれ以来も全く意識の中になく、今日に至っていることを今改めて思い起したのである。さりとて、一旦放棄した相続債務を今更弁済もできず、しかし、叔父の苦悩と怒りもよく分る清隆氏、とりあえず、叔父の住む鹿児島県の離島へ行ってみようと考えた。そして、その時点で、相談をしてきたのである。「行って何をされるのですか。」清隆氏「とにかく、お詫びをしようと思うのです。」、「行ってお詫びしても、何の解決にもなりません。かかる旅費と日数を考えて見なさい。」、清隆氏「そうですね。」それよりも、早急に相続放棄の手続をしましょう。
 さて、悪いことに、叔父氏が清隆氏に電話をしてきたのは、債権会社からの二度にわたる通知文を無視して、管轄の裁判所から送られてきた債務の存在を明らかにする書類を見てのことであった。既に債権会社は、二度にわたって、この叔父氏に弁済を督促し、相続放棄したのであれば、それを証明する書類を送られたい旨の文書を送付してきていたのである。二度目の債権会社からの文書を受けたときに叔父氏が清隆氏に連絡をしておれば、何ら問題なく相続放棄が可能であったのだが、しかし、兄弟といえども、約半世紀間没交渉の間柄である。
 そのような、叔父氏にとってかなり不利な条件ではあったが、鹿児島離島との間で速達便による数回の書類のやり取りの末、最高裁昭和59年4月27日第二小法廷判決を踏まえた叔父氏の上申書と清隆氏兄弟の上申書を作成、管轄の奈良地裁の支部へ提出。この相続放棄申述書は、受理された。平成18年9月4日のことである。
 時は、叔父氏が債権者から、相続債務の存在を知らせる最初の通知文を受取った平成17年10月14日から、おおよそ1年になろうかという頃である。


あいうえお

あいうえお